テーマは「隣の駅にも旅情あり」。

わざわざ観光地へ行かずとも、海外へ行かずとも、知らない街の駅前や商店街、一見なんにもなさそうな住宅地にだって、そこには人情と旅情がある。
読めばきっと週末に 「ここではないどこか」へ行きたくなる。
そんな散歩大好き人間たちへ愛をこめてお届けするブログです。

総記事数:11 件

2016.04.16

街めぐり超風景003 1600羽ものフクロウで埋め尽くされた郵便局(和歌山)

こんにちは。

僕は関西ローカルの番組を構成する放送作家です。

このブログでは、カメラを持って街をめぐり、人をめぐり、テレビでは表現しえない街の人々のいとなみを綴ってゆこうと思います。

いつも頭のなかは「旅がしたい」という想いでいっぱいです。

 

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Showcase 003 

1600羽ものフクロウで埋め尽くされた郵便局(和歌山)

 

■下井阪簡易郵便局

 

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旅に出ると不思議がいっぱい。たとえ郵便局とて見過ごすことはできないのです。

 

フルーツ王国と異名をとるほど、くだものの収穫が盛んな和歌山県。とりわけ県の北部に位置する紀の川市(きのかわし)は、住民の20%近くがフルーツ産業従事者という一大果樹園地帯。はっさくやいちじくの生産高は日本一。そういえば以前に紀の川市の観光ファームで購入したはっさくのマーマレードは、目がさめるほどフレッシュでおいしかったなあ。さらに紀の川市は、糖度が高く、みずみずしい桃の産地としても名高い。なんと桃を握ってくれるお寿司屋さんまであるという

 

このフルーティなエリアを走り抜けるのがJR和歌山線。雄大な紀の川と沿うように走行する単線だ。ローカル線のつねながら、運行本数は決して多くはなく、正直、便利な路線だとは言いがたい。しかし、とことことろとろと列車に揺られ、みどり広がる車窓を眺めまどろんでいると、こころのなかで実ってしまった日ごろのストレスがもぎとられてゆく爽快感をおぼえる。

 

和歌山駅から7つ目の「下井阪」(しもいさか)駅で下車した。ICカードも使えない無人駅。周囲にも特段に語るべき観光名所や景勝地はない。一見、日本のどこにでもある、おだやかなカントリータウン。

 

しかし……この下井阪には、全国から人々が訪れ、ときには行列ができるほど人気を誇る「郵便局」があるという

 

ゆ、郵便局?

 

なぜ全国から、わざわざ和歌山県の山あいの町にある郵便局に? 「ここでしか手に入らない、フルーツ満載の限定ケーキやパンの店がある」のならば全国からグルメが押しかけるのも理解できる。でもでも、郵便局って、全国どこでもほぼ同じでしょう? 極端にはがきや切手代が安い、なんてことがあるはずがないし。

 

訪ねたのは、「下井阪」駅から徒歩10分ほどの場所にある「下井阪簡易郵便局」。外観を前にすれば、なるほど、全国から人々が訪れる理由がうっすら推測できるほどに、大きな特徴がある。建物に点々とフクロウが鎮座しているのだ

 

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早くもただごとではない予感をはらむ外観。

 

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郵便局の建物のあちこちに謎のフクロウがとまっている。

 

そしてドアを開けると……こ、これは、なんという神秘的きわまりない光景。局内に膨大な数のフクロウが群れをなしているではないか。窓口はもちろん(もちろん、ではないのだろうが)床から天井まで、陶器や木彫り、ぬいぐるみやペーパークラフトなどなど、さまざまな素材でできたフクロウがびっしり。飾りつけの域を越え、まるでおとぎの国の森の中で開局しているよう。

 

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郵便局のなかだとは、にわかに信じがたい局内。 

 

 

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窓口がどこなのか、一瞬見失う。

 

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壁にはフクロウの止まり木までしつらえられている。

 

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足元にもフクロウ。

 

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天井にも、もちろん(以下同文)。

 

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何度と目を凝らしてみても、やはりここは間違いなく郵便局。

 

フクロウはギリシャの農業神である女神アテネの従者であったことから豊穣の象徴とされている。くだものの生産者が多い紀の川市にフクロウを多く展示するスポットがあってもおかしくはない。

 

に、してもですよ。郵便局のなかでのこのたわわな数、すごすぎやしませんか。ここにはいったい何羽のフクロウがいるのだろう。

 

ご主人の石橋彰彦さん(57歳)曰く、

 

「1,550羽までは数えたんやけど、それ以降、わからんようになってしまって。1,600羽くらいですかねえ  

 

1,600羽!

 

実は僕は昨年も一度、こちらを訪れている。そのときは「1,250まで数えたから、いまは1,300にはなっているでしょうね」というお答えだった。わずか1年のうちに300羽も増えていたのか。すさまじいスピードで増殖している。なんてお盛んな鳥たちですこと。

 

そんな、ハリー・ポッターもびっくりなフクロウでいっぱいの郵便局だが、近年めざましく増えているフクロウカフェとは誕生のいきさつがまるで異なる。というのも、ご自身たちで意識的にコレクションしたものは、ごくわずかなのだ。

 

ではいったい、郊外の街の小さな郵便局になぜこれほどたくさんのフクロウが集結しているのだろう。

 

「実は郵便局を始める以前に1羽のフクロウを飼っていましてね。それが死んでしまって、剥製にしたのが始まりなんです」(彰彦さん) 

 

発端は、一体の、フクロウの剥製だった。

 

この下井阪簡易郵便局は、知人に引き継ぎを依頼された石橋さんが、受託資格を取得し、2007年3月から始めたもの。局長は妻の由紀子さん(56歳)。そして長女・植松久美子さん(31歳)の親子3人で仲よく、つつましく営まれている。

 

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下井阪簡易郵便局は仲睦まじい親子3人による家族運営。

 

そんな石橋さん一家が初めてフクロウと出逢ったのは1995年12月、家族でドライブをしていたときのこと。

 

「大阪と和歌山をつなぐ風吹峠トンネルの手前で、羽をバタバタさせていたフクロウを見つけたんです。おそらく数台前の車にぶつかったんでしょうね。けがをしていたので毛布にくるんで、自宅に連れてかえって傷の手当てをしたんです」(彰彦さん)  

 

この瀕死のフクロウに娘の久美子さんがなぜか「ポッポちゃん」と名づけ、家族総出で看病をした。しかし内臓を痛めていたポッポちゃんは介抱むなしく、3か月後に息を引き取った。

 

「なきがらを埋葬しようとしたのですが、この子(久美子さん)が『埋めるのはかわいそうや』と言うて泣くんですよ。そやから仕方なく、職人さんをほうぼう探して、剥製にしたんです」(由紀子さん) 

 

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看病の甲斐あり元気を取り戻したポッポちゃん。

しかしその後、様態は悪化し……。 

 

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腕のたつ職人の手により剥製となって蘇ったポッポちゃん。

 

そしてフクロウグッズが増えたきっかけは、剥製に姿を変えたものの家族の一員であるポッポちゃんを自宅から局内へと移したことから幕を開ける。

 

愛された証しである剥製を見たお客さんが、そのいわれを聞いて感動し「うちのフクロウも仲間に入れてあげて」「フクロウの人形を作ったから置いてちょうだい」とフクロウ型の雑貨やハンドメイド作品を持ち込むようになった。そして開局8年目にしてその数は、およそ1,600羽にまで膨れあがったというわけだ。

 

カウンターに設置された威風堂々とした焼き物は、腰を痛めた80歳近い陶芸家の男性が「最後の作品になるだろう」と、遺作を意識して作成したもの。しかし自分が焼いたフクロウ像をお客さんが撫でてくれているのを見て、「やっぱりまだまだ作陶を続けたい」と、諦めかけていた手術を受ける決意をした。そんなふうに置かれていったフクロウには、訪問者それぞれの想いがあり、1羽1羽にドラマがある。

 

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老陶芸家が渾身の力で作陶した焼き物のフクロウ像。

 

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座布団もお客さんからのプレゼント。

 

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ご近所のお母様方が腕を競いあう。

ここは愛らしい「おかんアート」のギャラリーでもあるのだ。

 

なかには雑貨ではなく、2011年には生きたフクロウが持ち込まれたこともあった

 

「小型のフクロウが車にあてられたみたいで、傷ついたその子を小学生が傘でつっついとったんですって。それを保護して、うちに連れて来はったんです。でももうお腹を見せてひっくり返っていて、脱水症状を起こして自分では立てない状態でした。もうあかんかもと思ったけど皆で懸命に看病したら次第に元気を取り戻し、ついには手乗りになりました」(久美子さん)  

 

「ふくちゃん」と名づけられたそのフクロウは自力で飛べるようになるまで3か月のあいだ、この郵便局で飼われ、訪れる人たちをほっこりさせていた。もはやフクロウに関しては動物病院より信頼をおかれているのだ。

 

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雑貨のみならず、傷を負ったフクロウが持ち込まれたことも。

 

そうしてポッポちゃんが剥製になって20年。フクロウの羽根はやわらかく、「剥製は3年しかもたない」と言われていたが、いまだ1本たりとも羽根が抜け落ちないのだとか。

 

「それは『ポッポちゃんの心が生きているからやで』と皆さんおっしゃるんですよ」(彰彦さん) 

 

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剥製になって20年、今日も郵便物が無事届くかを見つめ続けているポッポちゃん。

 

このようにポッポちゃんが寂しがらないようにとご近所の方がフクロウ雑貨を持ちより、爆発的に数に増えるにしたがい、次第に、他の郵便局にはない噂が広がり始めた。

 

「お客さんから『そちらから応募したら沖縄旅行が当たったんです』って電話がかかってきたり、『非売品のものが手に入りました』とお手紙いただいたり。そういうご報告を毎日のようにいただくんです。『大学に受かりました』ってお母さんとお礼を言いに来られたり、『アーティストのプレミアムチケットが当たりました!』って。しかも親子で最前列ですって」(由紀子さん) 
「そういう噂が広がっているんですよね。だから時には和歌山県より他府県からのお客さんのほうが多い日もあるし、入学願書受付のシーズンは行列ができたりするんです」(久美子さん)
「そうやってわざわざ遠いところから来てくださったり、なかには思い詰めて泣いてる方もいはるから、はいさようならというわけにはいかんもんで、お話をうかがうこともあります。そして聞いてみたら身につまされてね、私らもたまらずもらい泣きしてもうたり」(由紀子さん)  

 

アットホームな雰囲気と、ふくよかな由紀子さんの包容力でこの空間のムードはいっそう和らぎ、なかには2時間も長居してゆくお客さんもいるのだとか。

 

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フクロウのように福々しいフォルムの女性局長、石橋由紀子さん。

 

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娘の久美子さんが彫った消しゴムハンコ。

 

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入学、就職などがうまくいくようという願いを込めて、希望者にはフクロウハンコを押したポストカードをプレゼントしている。

ポストカードの画像はお客さんだったカメラマンが撮影したもの。

 

考えてもみてほしい。大学に合格した、懸賞に当たった、お目当てのアーティストのスーパープレミアムチケットを手にすることができた、そんなおめでたいことがあったとして、あなたはそれを郵便局に報告したことがあるだろうか? 局員とお客さんとのそんな得がたい素敵な関係が築けたのは、日本の昔話のような、助けたポッポちゃんの恩返しなのではないかと、ふと思わずにはいられない。

 

「そういえば……」と久美子さん。

 

「お母さんがね、ときどきフクロウに見えるんです。体型がまるっこくて、触ったらふわっふわやし、手を伸ばした時に、フクロウが羽を広げているように見えるんですよ」

 

「それ、二の腕の肉やんか!」(由紀子さん)  

 

石橋さん一家がかもしだす雰囲気があたたかく、なんとも居心地がいい。和歌山の新たなパワースポットと呼ばれることもある郵便局だが、ここで過ごしたひとときは、むしろ肩の力を抜かせてくれる、森林浴のような時間だった。

 

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皆が口を揃えて「お母さん、だんだんフクロウに似てきた」と言うそうだ。

 

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取材を終えて外に出ると、夕陽に染まったいわし雲が。

 

いつもなら取材を終えると疲れが出るのだが、こちらの郵便局にはリラクゼーション効果があるようで、じんわりもふもふとしたあたたかさを胸におぼえていた。

嗚呼、このままフクロウのようにこの夕焼けの空を飛んで、どこか知らない森へ行きたいなあ。

 

そんなふうに、さきほどの楽しい時間を振り返りつつ僕は、

 

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パンダの電車に乗って一路、京都へと帰るのだった(フクロウ関係ないがな)。

 

名称●下井阪簡易郵便局

住所●和歌山県紀の川市下井阪492-10

TEL●0736-77-0303

営業時間●月~金 9:00~16:00

休日●土・日・祝

 

取材・撮影:吉村智樹(よしむら・ともき)

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京都在住の放送作家。

 

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