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Showcase 001
店内が美女でいっぱい婦人服店(大阪)
■中川一番館
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いま大阪でもっとも注目されている街、あべの。
高さ日本一のビル「あべのハルカス」や府下最大級のメガマーケットパーク「あべのキューズモール」のオープンなどにより、街は大きく変貌を遂げている。
そんなあべのに、目を見張るほどの美女たちがひそかに集っている小さな婦人服店があるのをご存じだろうか?
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関西ローカルのテレビや雑誌は、こぞってこう口にする。
「あべのが、変わった」と。
近年、地球の裏側へでも行きたいのかと問いただしたくなるほど、あちこちの地面に深い穴を掘りたおしていた、大阪「あべの」。
通天閣がそびえ立つ新世界の隣に位置する街だ。
先ごろやっと工事がひと段落し、工事用のシートがはがされ、そこに表れたものは、新世界よりさらに新しい世界だった。
それは、地上300mという日本最高層のビル「あべのハルカス」。
キタやミナミに遅れをとっていた感がいなめなかったあべのの街に突如、最高や最大が押し寄せ、「あべのミクス」と呼ぶべき大変革を遂げていた。
そんな変わりゆくあべのをゆっくり南へくだると、次第に風景が過去へと移ろいゆく。
古い店と新しい店がハモニカ状に入り汲みはじめ、まるで、よく知るナニワの原風景と、時代をアップデートしようとする新たな潮流がせめぎあっているかのようだ。
今回紹介する店は、この新旧がマントル対流を起こす真っただ中にある。
あべの筋に横たわる商業エリア。
ここに一軒の洋品店がある。
世代を選ばないタイプのレディースファッションを歩道にも陳列している「中川一番館」。
一見、「しょうわ」の情緒を色濃く残した婦人服店。
女性のシルエットを意匠にした洒脱な看板が印象的だ。
しかし路上に出陳された婦人服の数々を前にして、僕は足がすくんでしまった。
服をかけてある、ほぼすべてのハンガーに、女性の顔写真が貼りつけられているではないか。
さらにそれぞれにフキダシがつけられ、台詞を口にしている。
「この服どう思いますか」
服をどう思うかを答える以前に……訊きたいことは山ほどある!
とにかく素通りはもう許されない。
なぜ「こうなったのか」を調べるため、店の外観に近づいてみた。
やはり、たくさんの女性たちが宙吊りになっている。
ガラス窓から店内を覗きこむと、
うぅ、やっぱり。
店内の洋服、どれも同じ状態だ。
目算するに、ゆうに200着以上に顔写真が貼りつけてある。
どえらい物量だ。
店内に、足を踏み入れると……。
ほ、ほりきた、ま……。
さ、ささき、の……。
や、やまだ、ゆ……。
向けられた、目、目、目。
……見られている。
見られている……。
女性たちのおびただしい視線にさらされている。
たとえ二次元に複製されたものとはいえ、こうも四方八方十六方から見つめられると、背筋を冷たい緊張感が走る。
それに顔写真のすぐ下は洋服なので、じょじょに脳内で女性のシェイプに変換され、“黒い十人の女”のポスターのごとく、女性たちに囲まれ責められている気がして息苦しくなってくるのだ。
すると、奥から店長さんが店頭に出てこられた。
助かった……そんな気がした。
僕は「冷やかし客も歓迎します」のお言葉に甘え、お話をうかがった。
店長の中川凱博さん(67歳)が、あべのの、この地に店を構えて36年。
再開発以前の街の姿を知る、永い歴史をいだく店だ。
中川さんは実は北海道のご出身。
現在も関西弁のイントネーションはまったく出ない。
東京六大学で哲学を学んでいたが、本ばかり読んで授業に出ないため、教授から退学を勧められた。
その後、仕方なく関西の航空自衛隊に入り、奈良の国体に出場するまでに身体を鍛え、近畿大学の通信教育で大卒の資格を得た。
(このあたり、遠い記憶をたどりながらのお話なので、つじつまなどは気にしないでください)。
31年間ものあいだ、あべのでおべべを扱ってきた、衣料のスペシャリストだ。
見たところ婦人服しか置いてないようだが、これには理由はあるのだろうか?
作家の一点ものを扱ってことで目利きに敏くなり、デザインが優れている婦人物しか販売したくないというプライドが芽吹いたのだろう。
中川さんが美しいものが好きな方であることが、次第に分かってきた。
女性スターやモデルたちの切り抜きをディスプレイしているのも、ここにつながってつくるのでは?
そういうことだったのか。
こうしてペーパー・ビューティたちのハーレムを形成しているのは、女性客が自分を反映して想像しやすいようにという心遣いから、だったのだ。
しかし、失礼ながら、取り扱われている洋服はどれも妙齢の女性の方が似合いそうなものばかりだが。
若いモデルの顔を貼っていては、むしろイメージしにくいのではないだろうか?
なるほど。
これからシルバーエイジのファッションアイテムを販売しようと企てている方には、おおいに参考になる考察だ。
ならば実際、この方法で売り上げはあがったのだろうか?
衣食住ならぬ“医食住”。
あべのに長く根をおろし、時代とともに街の息づかいをずっと聞いてきた人だからこそのリアルな皮膚感覚。
そういえば中川さんは一貫して「時代」という言葉を口にし続けている。
商店街の苦況を耳にするこの時代に、それでも一途に店を続ける理由はなんだろう。
そう言って中川さんは表へ出て、グラビアン・ハンガーガールズたちの装いをととのえはじめた。
持続する夢をかなえるために、彼女たちに夢を語りかけるように。
グラビアの切り抜きが、よもや子供たちと老人がともに勉強をする「幼老院」のプロジェクトとつながっていたとは。
こんな素敵なエピソードに出会えるから、街歩きはやめられない。
たとえあべのがどうナウく変化しようとも、これからも街の“顔役”として、ぜひともお元気でこの店を続けていただきたい。
名称● 中川一番館
住所● 大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋4-2-12
電話●06-624-1420
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