テーマは「隣の駅にも旅情あり」。

わざわざ観光地へ行かずとも、海外へ行かずとも、知らない街の駅前や商店街、一見なんにもなさそうな住宅地にだって、そこには人情と旅情がある。
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総記事数:11 件

2014.01.05

街めぐり超風景001 店内が美女でいっぱい婦人服店(大阪)

さばのゆ5 中川一番館16

見ている……

 

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Showcase 001

 

店内が美女でいっぱい婦人服店(大阪)

 

■中川一番館

 

 

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いま大阪でもっとも注目されている街、あべの。

 

高さ日本一のビル「あべのハルカス」や府下最大級のメガマーケットパーク「あべのキューズモール」のオープンなどにより、街は大きく変貌を遂げている。

 

そんなあべのに、目を見張るほどの美女たちがひそかに集っている小さな婦人服店があるのをご存じだろうか?

 

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関西ローカルのテレビや雑誌は、こぞってこう口にする

「あべのが、変わった」と。

 

近年、地球の裏側へでも行きたいのかと問いただしたくなるほど、あちこちの地面に深い穴を掘りたおしていた、大阪「あべの」。

通天閣がそびえ立つ新世界の隣に位置する街だ。

 

先ごろやっと工事がひと段落し、工事用のシートがはがされ、そこに表れたものは、新世界よりさらに新しい世界だった。

それは、地上300mという日本最高層のビル「あべのハルカス」。

キタやミナミに遅れをとっていた感がいなめなかったあべのの街に突如、最高や最大が押し寄せ、「あべのミクス」と呼ぶべき大変革を遂げていた。

 

そんな変わりゆくあべのをゆっくり南へくだると、次第に風景が過去へと移ろいゆく。

古い店と新しい店がハモニカ状に入り汲みはじめ、まるで、よく知るナニワの原風景と、時代をアップデートしようとする新たな潮流がせめぎあっているかのようだ。

 

今回紹介する店は、この新旧がマントル対流を起こす真っただ中にある。

 

あべの筋に横たわる商業エリア。

ここに一軒の洋品店がある。

 

世代を選ばないタイプのレディースファッションを歩道にも陳列している「中川一番館」。

 

さばのゆ5 中川一番館01

一見、どこの商店街にもある婦人服店。
しかし……。

 

一見、「しょうわ」の情緒を色濃く残した婦人服店。

女性のシルエットを意匠にした洒脱な看板が印象的だ。

 

しかし路上に出陳された婦人服の数々を前にして、僕は足がすくんでしまった

 

服をかけてある、ほぼすべてのハンガーに、女性の顔写真が貼りつけられているではないか

 

さばのゆ5 中川一番館03

 

さらにそれぞれにフキダシがつけられ、台詞を口にしている。

 

「この服どう思いますか」

 

服をどう思うかを答える以前に……訊きたいことは山ほどある!

 

とにかく素通りはもう許されない。

なぜ「こうなったのか」を調べるため、店の外観に近づいてみた。

 

さばのゆ5 中川一番館05

 

DSCN4705

投げ売り450円。
「私そんな安い女じゃないわよ!」とモデルの表情も不満気だ。

 

やはり、たくさんの女性たちが宙吊りになっている。 

 

ガラス窓から店内を覗きこむと、

 

もしやとは思っていたが、店内もびっしり……。

もしやとは思っていたが、店内もびっしり……。

 

 

うぅ、やっぱり。

店内の洋服、どれも同じ状態だ。

目算するに、ゆうに200着以上に顔写真が貼りつけてある。

 

どえらい物量だ。

 

店内に、足を踏み入れると……。

 

 さばのゆ5 中川一番館13

  ほ、ほりきた、ま……。

 

 

さばのゆ5 中川一番館14

  さ、ささき、の……。

 

 

さばのゆ5 中川一番館12

や、やまだ、ゆ……。

 

 

さばのゆ5 中川一番館11

 

さばのゆ5 中川一番館15

 向けられた、目、目、目。

 

  

……見られている。

見られている……。

 

女性たちのおびただしい視線にさらされている。

たとえ二次元に複製されたものとはいえ、こうも四方八方十六方から見つめられると、背筋を冷たい緊張感が走る。

それに顔写真のすぐ下は洋服なので、じょじょに脳内で女性のシェイプに変換され、“黒い十人の女”のポスターのごとく、女性たちに囲まれ責められている気がして息苦しくなってくるのだ。

 

すると、奥から店長さんが店頭に出てこられた。

 

DSC07010

 

 

助かった……そんな気がした。

僕は「冷やかし客も歓迎します」のお言葉に甘え、お話をうかがった。

 

店長の中川凱博さん(67歳)が、あべのの、この地に店を構えて36年。

再開発以前の街の姿を知る、永い歴史をいだく店だ。

 

中川さんは実は北海道のご出身。

現在も関西弁のイントネーションはまったく出ない。

 

東京六大学で哲学を学んでいたが、本ばかり読んで授業に出ないため、教授から退学を勧められた。

 

 

ルソー、モンテスキュー、三権分立、法の哲学とかね。
勉強しましたね。
ロシア語、英語は今も勉強していますよ。
ボケちゃうから。

 

 

その後、仕方なく関西の航空自衛隊に入り、奈良の国体に出場するまでに身体を鍛え、近畿大学の通信教育で大卒の資格を得た。

(このあたり、遠い記憶をたどりながらのお話なので、つじつまなどは気にしないでください)。

 

 

大阪で妻と知り合い、結婚したんです。
はじめはスナックをやってたんだけれど、変なお客さんが来るから続かなくてね。
それで作家さんの手作りの品物を売る店を始めたんです。
『一番館』っていう名前は、街で一番の店になりたかったから、だったね。
でも作家さんの作品って、高いし、そんなに売れないんですよ。
そこで少しづつ洋服も売り始めたんです。
手作りの店で5年、服屋に変わって31年かな。

 

 

31年間ものあいだ、あべのでおべべを扱ってきた、衣料のスペシャリストだ。

見たところ婦人服しか置いてないようだが、これには理由はあるのだろうか?

 

 

紳士物は生地がいいけど、やぼったくてね。
デザインのよさは婦人物にはかなわないよ。
あのね、おしゃれな男性はみんな婦人物を買うんですよ
ボタンの向きが反対になっちゃうけど、そんなの気にしない。
それに今や男がパーマ屋に行く時代ですよ
床屋さん、少なくなってきたでしょう?
時代が違うんですわ。

 

 

作家の一点ものを扱ってことで目利きに敏くなり、デザインが優れている婦人物しか販売したくないというプライドが芽吹いたのだろう。

中川さんが美しいものが好きな方であることが、次第に分かってきた。

女性スターやモデルたちの切り抜きをディスプレイしているのも、ここにつながってつくるのでは?

 

 

貼りはじめたのは3年前からかな。
グラビア雑誌から切り抜いています。
人間っていうのはね、口には出さなくてもみんな自分の顔を、きれい、かわいい、若い、かっこいいと思ってるものなんですよ。
(僕のスキンヘッドを見て)あなただってそうでしょう?
 自分のこと、心の中では『俺はユル・ブリンナーみたいでカッコいいぞ』と思ってるでしょう?
 だから美人の顔を貼っておくと、お客さんが、イメージしやすいんですよ

 

 

そういうことだったのか。

こうしてペーパー・ビューティたちのハーレムを形成しているのは、女性客が自分を反映して想像しやすいようにという心遣いから、だったのだ。

 

しかし、失礼ながら、取り扱われている洋服はどれも妙齢の女性の方が似合いそうなものばかりだが。

若いモデルの顔を貼っていては、むしろイメージしにくいのではないだろうか?

 

 

いえいえ。
たとえ買うのがおばあさんであっても、若い女の子の顔を貼っておいた方がいいの
ばあさんの顔を貼ってたって誰も買いませんよ。

 

 

なるほど。

これからシルバーエイジのファッションアイテムを販売しようと企てている方には、おおいに参考になる考察だ。

ならば実際、この方法で売り上げはあがったのだろうか?

  

 

う~ん……売れないねえ。
洋服が売れない時代ですよ。
昔はね、衣・食・住と言ってね、洋服を買うのは当たり前だったんですよ。
いまは衣食住じゃなく、“医・食・住”の時代。
医者にお金がかかるんだから。服にお金がまわらないですよね。

 

 

衣食住ならぬ“医食住”。

あべのに長く根をおろし、時代とともに街の息づかいをずっと聞いてきた人だからこそのリアルな皮膚感覚。

 

そういえば中川さんは一貫して「時代」という言葉を口にし続けている。

商店街の苦況を耳にするこの時代に、それでも一途に店を続ける理由はなんだろう。

 

 

夢があるんですよ
少しでも売れて、お金ができたら、いつか“幼老院”を作りたいんです
養老院じゃないよ。
幼老院”。
子供と年寄りが一緒に勉強をするんですよ
僕は思うの。
小学校も中学校も、年寄りと一緒に勉強したらいいじゃない。
いま少子化で子供がいなくて、学校なんて先生が余っちゃってるんですよ。
それなのに、いじめがなくならない。
おかしいじゃない!(と語尾を荒げる)
子供が減って、先生あまって、それでなんでいじめが起きるの?
子供が減っているのに、子供のことが見えないなんて、おかしいじゃない。
そう思わない?
それはね、子供がさびしくても、話を聞いてあげる大人がいないから、閉じこもっちゃうんですよ。
親は共働きで精いっぱいだしね。
子供たちは、相談する人がいないんだよ。
先生だって、先生になっちゃいけない人が先生になってるから、子供は心を開かないんですよ。
だったらさ、おじいさんおばあさんと一緒に勉強してさ。子供が減ってるぶん、おじいさんおばあさんはいっぱいいるんだから
子供が困ってたら、おじいさんおばあさんが相談に乗ってあげてね。
人生は波も谷もあるから、気にすんなって言ってあげたいね
うちは近所からは『変わった店だ』と思われてるけどね。
ヘンな目で見られることもあるけどね。
この夢があるから、やめないですよ。夢は持続ですから

 

 そう言って中川さんは表へ出て、グラビアン・ハンガーガールズたちの装いをととのえはじめた。

 

さばのゆ5 中川一番館18

 

さばのゆ5 中川一番館19

 

持続する夢をかなえるために、彼女たちに夢を語りかけるように

 

グラビアの切り抜きが、よもや子供たちと老人がともに勉強をする「幼老院」のプロジェクトとつながっていたとは。

 

こんな素敵なエピソードに出会えるから、街歩きはやめられない。

たとえあべのがどうナウく変化しようとも、これからも街の“顔役”として、ぜひともお元気でこの店を続けていただきたい。

 

名称● 中川一番館

住所● 大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋4-2-12

電話●06-624-1420

 

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