街でこういう人たちに囲まれたら、泣くなあ。
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Showcase 002
過激なマネキンでいっぱいの紳士服店(大阪)
■メンズショップ イシイ
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大阪郊外のベッドタウン、寝屋川市。
眠っているように安穏としたこの街に、突如エクストリームきわまりない超風景が出現する。
老店主が営む歴史ある紳士服店がイカツい変貌を遂げた、そのワケとは?
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関西のベッドタウンのひとつ、寝屋川市。
京阪本線「寝屋川市」駅はその名の通り一級河川「寝屋川」のほとりにあり、東西にアーケード商店街が伸びる、おだやかなムードに包まれた街だ。
駅の東口を降りてすぐ現れるのが、永い歴史を誇る「寝屋川一番街商店街」(旧:早子商店街)。
郊外ではよく見受けられる風景だが、ベッドタウンゆえ日中の人出がまばらで、定休日でもないのにシャッターをおろす店も少なくはなく、閑散とした印象を受ける。
そんなひなびた風情が漂う商店街の空気を一閃する、素通りを許さない、衝撃的な洋服屋さんがある。
店の前に、過激なヘアスタイルのマネキンが、メンズナックルズさながらズラリと並んでいるではないか。
うわぁ。
かつて「マネキンノイローゼ」というバンドがあったが、そういう精神状態で見た夢のよう。
EXILEのATSUSHI?
どぶろっく?
シャッター通り化した商店街にはときに、アート志向が強い新進の若きデザイナーやバイヤーが、はじめの一歩として、空き家を利用した店を開く場合がある。
(僕はそれを“シャッターチャンス”と呼んでいる)。
しかし、この店は、そういった流れを汲むものではないようだ。
置いている洋服はむしろ、トラッド。
保守的な、日曜日のお父さんたちがくつろげる、オールドスクールな紳士服ばかり。
おおよそこれらヘアスタイルを好む人種とは無縁なもの。
ヒップホップファッションのセレクトショップでも、パンクファッションの専門店でもない。
もちろん改造学生服を扱うヤンキーのたまり場でもないのである。
それだけに、洋服とのギャップがはなはだしく、ラディカルさをさらに際立たせている。
店主もまた、そういったストリートファッションのストリームとはおおよそ関係のない人のようだ。
ご主人の石井敏行さんは74歳。
ここ京阪「寝屋川市」駅前に、昭和42年に「メンズショップ イシイ」をオープンさせた、街の古株。
船場の丁稚最後の世代であり、紳士物ひと筋に生きる人だ。
そんな人生のベテランの店が、いったいなぜ、これほど烈々たる様相を呈してしまったのか?
3年前、息子が「家を建てるから一緒に住もう」と言うてくれて、永くやっていたこの店を閉めることにしたんや。
そして、だんだん「このままなんとなくやめるくらいなら、最後は好きなことをしてやめたい」と思うようになってな。
訊けば、これらパンキッシュなマネキンを並べだしたのは3年前。
やさしい息子さんの提言で、隠居をすることとなった石井さん。
店をたたむとなったら、次第に心の奥底に蓄積していたアートの魂がぐらぐらと沸騰しはじめ、遂にエクスプロージョンとあいなった。
そして「以前からやりたかった」という、「マネキン人形およそ30体を一気に店の前に並べて、道ゆく人をアッと驚かせる」というプランを考案した。
では、マネキン人形のヘアスタイルまでいじりはじめた、そのいきさつは?
きっかけは当時小学校4年生だった孫の女の子が「じいじ、わたし将来美容師になりたいから、マネキンの頭を触らせて」と言って、ヨン様に見立てたスタイリングをしたことやな。
僕はヨン様が誰なのか知らなかったけど、孫のやりたいことをさせてあげたかった。
そしたら……。
なんと、お孫さんのコーディネートとスタイリングにより、マネキンはヨン様として生まれかわった。
そしてヨン様がいる店として評判になり、多数のお客さん(主に、みのもんたの言うところの“妙齢のご婦人”)が立ち止まり、写真を撮っていったという。
ちなみにマネキン第一号となったヨン様は現在も店頭で微笑んでいる。
お孫さんの手によって生まれ、いまなお店頭で微笑みを絶やさないヨン様
永いこと店をやっておったけど、マネキンの髪型を変えるだけで、あんなにお客さんが来てくれるようになるとは思わへんかったな。
それから、お客さんと話がしやすくなった。
孫のおかげや。
ちなみに石井さんはヨン様がなんなのか、いまだに知らないという。
そうして、そのときの記憶が後押しとなり、奇抜なヘアスタイルのマネキン人形を並べてみたくなった。
紳士物のマネキンは数が少ないから集めるのにナンギしたわ。
ヘアスタイルは、すべて自分で考えました。
そして近所の若い美容師に指示を出して刈ってもらった。
彼らは「勉強になる」と言うて、張り切ってくれたんです。
とはいえマネキンは表情が同じやから、髪型だけ変えてもあかん。
メガネやサングラスをつけて、ひとつひとつの個性を出しました。
不良アイテム定番のマスクも、よく見れば「風邪注意」という優しいメッセージが。
「刺繍屋さんに特注したんです。いまはもう布製のマスクがなくてな、街中さがしまわったわ」。
同じマネキンでも季節ごとに髪やメガネの色が変わります。
なかにはお客さんから落書きされてしまったものも。
「落書きはしないでほしい」そうです。
こうして、ひと晩のうちにマネキンを並べる作戦を決行。
トラッドなファッションひと筋だった店が、一夜にしてBURST!
作戦は成功。
通行人は思った通りビビッドな反応を示してくれた。
しかし……。
商店街や家族から「気持ちが悪い」と猛反対を受けた。
それを聞いた石井さん、これまで抑えに抑え、腹の底に鬱積していた怒りのマグマが沸点に達し、噴火した。
ひとりだけ目立ちたくてやってるんと違う。
この商店街も40軒中10軒がシャッターを閉めたままで、さびれてきている。
一店舗一店舗が自分のとこなりに個性を出していけば、
商店街は必ず蘇ると僕は信じてるんや!
と反論し、マネキンをかたくなにさげなかった。
▼「子供がコワがる」という意見には「足元にかわいいワンちゃんを置く」という方法で解決!
実際、はじめは違和感しかなかったマネキンだが、次第に町民が理解をしめしはじめた。
マネキンに特徴を出すためにヒゲを買ってきて顔に貼ったら、お客さんが「桑マンに似てる」と言い出し、わざわざトランペットを持ってきてくれた。
あと「せっかく若者の髪型にしてるんやからヘッドフォンをつけさせたらどないや」と提案してくれた人がいて、100円ショップでイヤフォンを買うてきて、店頭のマネキンの耳すべてに着けた。
このようのお客さんがどんどんアイデアをくれて、変化していったんや。
殿! 桑マン、いましたぞ!
ちなみに石井さんは桑マンがなんなのか、いまだに知らないという。
そして、独特な風貌のマネキンが人気が街の人気者となり、その噂は美容師界隈に伝播していった。
ふるきよき街の紳士服店がこうして、まさかの「若手美容師の登竜門」と化してきたのだ。
刈ってくれた美容院にはお礼として、ひたいに店の名前と電話番号を入れている。
(寝屋川市の美容院のみ)。
よく見ると、カリアゲ部分に、このマネキンのヘアメイクを担当した美容室の名前と電話番号が。
おでこに美容室名が書かれたシールをぺたり。
マネキンが寝屋川市のヘアサロンカタログになっているのだ。
なかには境川部屋の床山さんが髷を結った本格的なものも。
さらにさらに、噂を聞きつけた制作会社から、テレビ番組の取材依頼が舞い込むようになってきた。
商店街の活性化のために、取材を受けることもある。
ただ、テレビ撮影を許可する際は、ひとつだけ条件を出している。
それは
「きれいになった”寝屋川”(という河川)の風景を必ず映像に入れること」。
寝屋川市から嫁いでいった人、羽ばたいていった人たちに「寝屋川はこんなにきれいになったよ」ということを伝えたいから。
石井さんは寝屋川市生まれではないが、寝屋川育ち。
寝屋川を愛し、マネキンにはマジックで「ネヤガワ オレノ町」と書かれている。
「ネヤ川 オレノ町」 寝屋川愛がほとばしる。
「きれいになった寝屋川を映しだすなら取材してもいい」。
寝屋川愛みなぎるイシイさんのオルグの甲斐あって、なんと、札幌や沖縄からも観光客がやってくるようになった。
これらの人々はもとは寝屋川市の住民で、「テレビで観て、見違えるようにきれいになった寝屋川の風景に涙が出た」という。
いいお話だ。
さて、当初あった「隠居をする」という話は、その後どうなったのだろう?
商店街の撮影スポットになってしもうたし、結局、店はやめられへんようになってしまいました。
ただ写真を撮るだけやなし、もう少し、洋服も買うてくれたら嬉しいんやけどね(笑)。
さらに
マネキンを置きだしてからお客さんとの会話が増え、生きることが楽しくなり、健康になった。
体重が88キロもあって医者から「やせないと死ぬ」と言われていたが、体重が65キロにまで落ちた。
という、意外なダイエット効果ももたらしたのだそう。
ぜひとも、お店を続けてください。それこそ、100歳を超えても。
ヘアカット100歳!
それにしても、だ。
このブログの一回目にご登場いただいた「中川一番館」もそうだが、ファッションの世界に自由な感覚を持ち込み、ボーダレス化をはかっているのは、実はこういったご年配の方々なのではないだろうか。
名称● メンズショップ「イシイ」
住所● 大阪府寝屋川市早子町18−6
電話●072-822-3894
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