こんにちは。
僕は関西ローカルの番組を構成する放送作家です。
このブログでは、カメラを持って街をめぐり、人をめぐり、テレビでは表現しえない街の人々のいとなみを綴ってゆこうと思います。
いつも頭のなかは「旅がしたい」という想いでいっぱいです。
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Showcase 004
ロックンロールスピリッツがみなぎるたこ焼き店(奈良)
■「フトマル」 中川太志さん
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こ、この赤いロックンローラーは、いったい……。
JR「奈良」駅から、「万葉まほろば線」の愛称で呼んでほしげな桜井線に乗ってわずかひとつ目の「京終」駅。
京終と書いて「きょうばて」と読む。
平城京の東の果て(終て)に位置することからその名がついた、永い歴史を証した駅だ。
奈良駅からわずかひとつ目なのに「もう終点かよ」と勘違いしそうな難読駅名。
県名を冠した「奈良」駅からたったひとつ目で、もう無人駅。
改札口(と思わしき)鉄柵を抜けると、目の前は静かな住宅地。
奈良ならではの妙味である、音も色も薄い、枯淡な「はて」の風景が広がっている。
「京終」駅は一日の平均乗降者数が600人に満たないと聞く、瓦葺の小さな木造駅。
郷愁を誘うたたずまいの木造無人駅。
だが実はセンサーとカメラで駅員が遠隔対応するハイテク駅でもある。
かつて京終駅は荷物運搬専用列車の始発駅だったため、駅前にはシヴい倉庫が残っている。
これを見て思わず 「ハム!」と声をあげた五十歳。
草木が風に揺れて壁に描いた天然の枯山水。
国道169号線へと出て、天理方面へと、さらに南へくだる。
ここもまた、枯れ果てた景色が続いている。
いまどこの街も商店街のシャッター通り化が深刻だが、この国道沿いも閉店したまま次の借り手が見つからない物件が風雪にさらされ、じわじわと「はて」が追いついてきているようだ。
何度も夢に現れ、そのたびにうなされる、脳裏に焼きついたあの日の記憶、のような褪色警告看板。
店内では今日も「お好み喫茶とはなんぞや」というアツい議論が。
奈良ってほんと、見るもの見るもの、シブいよなあ。
いまぼくが歩いている区間は春には花見の渋滞ができることもあるそうだが、シーズンオフとなる残りの三季は、主張しない静かなストリート。
こののどかな風景が続く国道169号線を歩いていると突如、得体のしれないパワーがみなぎる建物に出くわした。
淡い色あいが続く奈良の街に突如現れる赤い稲妻。
突然眼前に迫りくる謎の文字情報群にたじろぐばかり。
ベースとなっている色は、奈良ではまず見ることはないパッショネイトな赤。
そして大きく書きだされたキャッチコピーの数々が、どれひとつとして素通りを許さない。
「大丈夫です! おいしいふつうのたこ焼き店で~す!」
「ROCK’N たこ焼き ROLL!」
「ヤンキー! ファンキー! 焼きそば」
「さぁ~勇氣をもってお気軽にお入り下さい!」
たこ焼きのキャッチコピーで初めて見た「大丈夫です!」。
「ROCK’N ROLL!」って、なにが? たこ焼きが?
「正直っ たこ焼きよりうまいっ!」。
結局おすすめはどれなんだろう。
知らない人からいきなり「GOOD LUCK!」。
どうやらここ『フトマル』は(ひと目でそうは見えないが)たこ焼き屋さんのようだ。
しかし「ROCK’N ROLL!」と「たこ焼き」の関係は?
残念ながらぼくにはたこ焼きという食べ物にロックンなイメージがない。
焼く動作には、かすかにロール的な行動はあるけれど。
そしてなにより気になるのは、看板にBIGサイズで登場する、赤いジャケットを袖七分に着こなした男性。
リーゼントをキメた、完全無欠にロックンローラースタイルな、サムズアップポーズの謎メンの写真。
この方はいったい、どなた?
ぶっちゃけ「入りづらい……」と感じたが、飲食店のコピ―としてよそでは見たことがない「大丈夫です!」の言葉が、ぼくに「ドアを開けろ」と背中を押す。
おそるおそるなかへ入ると、おお(感嘆)。
そこもまた、たこ焼きの店の固定概念をくつがえす空間だった。
たこ焼き屋さんなのになぜかステージが。
摩天楼はタコ色に。
「人生一度きり 不可能をぶちのめせっ~!」
店内にはいたるところに、たこ焼きなみにアツアツなメッセージが。
ステージがあり、壁にはまるで映画のラスト・シーンを思わせる摩天楼の写真が。
そして、外観だけではなく店内にも、ロックの初期衝動を感じずにはいられないパワフルな言葉たちが雨のハイウエイのごとく降りそそいでいた。
言わずもがなだが、この店は間違いなく、ただものではない。
そして、出会えた。
表の看板に大きく掲げられた、あでやかないでたちのあのロックンローラー、ご本人に。
それは、自らたこ焼きを焼く『フトマル』オーナーシェフの中川太志さん。
表の看板のご本人が、こうしてたこ焼きを鉄板の上でロックンにロールしている。
なるほど! ならば自称26歳が実年齢にアップデートされるのは、どうやら66歳まで待たねばならないようだ。
ぼくはさっそく、いくつかのたこ焼きを注文した。
まずはオーソドックスなソース味の「ロックンたこ焼きロール」(6個360円)を。
すると中川さん、
なんと、焼きたてを軽快な“テーマソング”つきで運んできてくれたではないか。
「開店当時から、商品それぞれにテーマソングをつけているんです。すでにやっていない商品の曲も合わせたら30はあるんじゃないかな。たとえばネギマ~ヨ(ネギ盛りたこ焼き 6個380円)なら『♪頭よくなれ 頭よくなる ロックンネギマヨロール~』というふうに。なかには冷奴で『♪やーっこー、ほーっとらんらんらん』なんて適当な替え歌もあります(笑)」
「なぜテーマソングをつけるのかですか? たこ焼き屋がお客さんと接することができるところって注文を訊くとき、運ぶとき、帰るときの3点しかないじゃないですか。その瞬間が、ぼくにとってはショータイムなんです。ただ焼いて、売って、それだけじゃ、さびしいじゃないですか」
中川さんにとって、たこ焼きを焼くこと、お客さんの元へ運ぶことは表現であり、ワン・ナイト・ショーだったのだ。
確かにアツアツのたこ焼きをはほはほ言いながら食べるときのあのライブ感は、ほかのフードでは味わえない。
では、いただきます。
ああ、これはうまい!
表面はからっとし、生地は柔らかいのにだらっと崩れず、皿というステージにしっかと立っているのが素晴らしい。
個人的には、本場と呼ばれる大阪のたこ焼きよりずっとおいしい。
「たこ焼きって簡単に作れそうで、実は難しいんですよ。よく街のかたすみにたこ焼き屋がオープンしても、3か月程度でつぶれるでしょう? あれは甘く考えて店を始めるからなんです。たこ焼きって、おいしくないと本当に誰も買わないんです」
「実はぼくも正直『たこ焼きくらいならやれるだろう』って軽い気持ちで始めようと思いました。でも、お客様からお金が取れる味には、なかなかならなかった。だから関西中の名店を食べ歩いて勉強しました。一か月以上、朝・昼・晩・夜中と、米の飯を絶ってずっとたこ焼きばかり食べました。しまいには、もういやで吐きたくなるほど。それに、たこ焼きってたとえ試作でもちょっとだけ焼くわけにはいかないんです。だから近所の人たちに味見をしてもらって。いろんな人たちを巻き込んで、やっと納得できる、冷めてもおいしい味にたどり着いたんです」
たこ焼きだけを一か月食べ続けるストイックな求道のすえに生まれたロックンたこ焼きロールは、開業から8年に渡りここ奈良の人々に愛され、アツい味のメッセージを送り続けている。
ネギ盛りだくさんたこ焼き「ネギマ~ヨ」。
「♪頭よくなれ~ 頭よくなる~ ロックンネギマヨロ~ル~」のテーマソング付き。
そして、さまざまな変わり種も、ここ『フトマル』の魅力だ。
ひとつは、むろんテーマソング付きの『あんかけブルース~』(8個550円)。
フライしたたこ焼きに甘辛いあんをかけ、ネギと糸切り唐辛子をトッピングした、オトナの味。
れんげでいただくのがこれまた珍しく、楽しい。
かりっかりの生地にだしの味が絶妙なアツアツのあんがかかり、もうあんタッチャブルなおいしさ。
あんかけたこ焼きの「♪あんかけブルース~」、これがまた抜群においしかった。
あんの甘みとピリ辛のせめぎあい、それが気合の入った熱いたこ焼きにまとわりつき、その食感は官能的ですらある。
コク深いうまさは、ビールだけではなく、ウイスキー・コークにも合いそうだ。
新作あんかけたこ焼き「あんかけブルース~」(8個入り 550円)ももちろん中川さんの絶唱つきだ。
新曲「あんかけブルース~」には途中、コーラスも入る構成。
夏期限定の「冷やしロックンたこ焼きカキ氷」も、よそではまず味わえない逸品。
たこ焼きにカキ氷。
そしてお手製のポン酢をかけて、クール酢にいただく。
情熱と冷静のあいだを交錯する未知の領域の美味。
では、いよいよもっとも知りたいことを訊こう。
そもそも、なぜ「ロックンロール」なのでしょうか。
「それはやっぱり、永ちゃん、矢沢永吉さんの影響ですね。小学生のときに『黒く塗りつぶせ』『鎖を引きちぎれ』を聴いて『なんていい曲なんだろう』と感動して、初めて矢沢さんの名を知ったんです。ぼくは『ザ・ベストテン』の世代で、それまでスターといえばジュリーや世良公則さんでした。ジュリーがパラシュートを背負って歌ったり、もう毎週テレビに釘付けですよ。そのザ・ベストテンのなかで、矢沢さんがランクインしたのに出演しなかったんです。ぼくはそれにビックリしてね。『歌番組に出たがらない歌手っているんだ!』って。ぼくはまだ子供でしたから、歌手はみんなテレビに出たい人たちだと思っていたんです。そうじゃなかったんですね」
「そしていっそう矢沢永吉さんに興味をいだきはじめた。先輩や友達の家へ遊びに行くと、お兄さんが矢沢永吉さんのアルバムを持っていたりする。ジャケットで星を吐きだしていて(4枚目のアルバム『ゴールドラッシュ』)それを見て『なんだこれは!』って驚いて。それからは、もう夢中ですよ。その憧れの想いが35年近く、今日まで変わらず続いているんです」
奈良県の生駒市出身の中川さんは、矢沢永吉に憧れる気持ちを胸に、14歳で上京。
オールディーズの演奏があるライブハウスに通うようになる。
学校を出たのち、中川さんは設営の仕事で全国を巡業する。
日本各地で働き、「北海道と青森、愛媛以外のすべての都道府県で働いた」ほど、トラヴェリンな日々を送った。
そして20代後半に独立し、看板屋さんをはじめることに。
実はこの看板屋さんは現在も継続しており、たこ焼き屋の開店時間までは、中川さんは看板職人として活動している。
奈良の街でよく見る看板も、実は中川さんの製作だったりする。
店外・店内のロックなスピリッツに溢れまくる看板や書き文字の数々は、すべて中川さんのお手製だというからおそれいる。
手描きの看板やプレートは常に入れ替えており、これまで人目に触れたものは「何百種類とある」のだそう(全部見たい!)。
「看板屋の開業当時はITバブルで、携帯電話のショップが街に次々とオープンし、仕事がひっきりなしに来ました。従業員も雇い、看板を製作する収入だけで自家用車が6台も持てたほど」
「でも看板の仕事は景気に左右されるんです。将来、看板だけでやっていくのは難しいだろうと思い、それで、『もうひとつ仕事を持とう』と考えました。それが、たこ焼きだったんです。しかも“日本で一番元気なたこ焼き屋”に。味の1位は無理でも、元気さならナンバー1になれるんじゃないかと。ロックとたこ焼きを組み合わせるコンセプトも、髪をリーゼントにし、赤いスーツを着てたこ焼きを焼くアイデアも開業前からすでに考えていました」
そんな『フトマル』には、幼い頃からいつもそばにあったロックへ愛がほとばしっている。
なによりそれを表しているのが、まず普通のたこ焼き屋にはない「ステージ」だ。
このステージではお客さんが弾き語りをし、ジャグラーやマジシャンが腕前を披露し、テレビ番組の収録が行われるなど、ライブハウスが少ない奈良で人々が才能を披露できる重要かつ貴重な場となっている。
このステージで、自らのバンドを率いて演奏することもある。
このステージはお客さんたちの表現の場所にもなっている。
この日はジャグラーの青年がワザを披露していた。
海なし県の奈良でも海を感じてもらおうと、夏は店頭に海の家を設ける。
冬は冬でロックンロールな雪だるまがお出迎え。
『フトマル』は、いつ行っても、新商品や企画、ディスプレイなど、どこかが必ず変わっている。
それは中川さんが挑戦者だからだろう。
海外レコーディングを先駆けた矢沢永吉のように。
そして、中川さんがいま新たに挑んでいるのが、カレーライスだ。
昨年秋からのニューカマーは高級食材を惜しげもなく使った牛スジカレーライス。
「フトマル牛すじカレー」(650円)
”ロックなたこ焼き屋のカレー”の矜持がツイストしたタコ足ウインナ-に表れている。
「京都から来られたんですか? いつか京都でもこのカレーを食べていただけますよ」と全国展開の夢を語る中川さんの表情はチャレンジする喜びに溢れていた。
『フトマル』のフードの味はどれもとてもおいしいうえに、食べる者に挑んでくるのを感じる。
食べる者に「アー・ユー・ハッピー?」と問うてくる、そんな味なのだ。
店の外に出ると、燃えるように見事な夕陽が広がるマジックアワー。
取材時は肌寒い季節だったが、身体はほてりを感じ、タオルを首からかけたいほど。
きっとたこ焼きに込められた熱いロックスピリッツを胃袋で受け取ったからだろう。
店名●フトマル
住所●奈良県奈良市横井1丁目711の12
アクセス●国道169線(ひゃっく ロックGO!線)
電話●0742‐87‐0776
営業時間●月曜日~金曜日 16:00~22:00
土曜日&日曜日 11:00~20:00
定休日●木
URL● http://ameblo.jp/futo-maru/
註*メニューの内容や料金は取材時のものです。
取材・撮影:吉村智樹(よしむら・ともき)
京都在住の放送作家。
2016年4月21日(木)大阪ロフトプラスワンウエストにて石黒謙吾さんとトークイベントあり!
ぜひ遊びにいらしてください。
▼詳細
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/west/43328
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