こんにちは。
僕は関西ローカルの番組を構成する放送作家です。
このブログでは、カメラを持って街をめぐり、人をめぐり、テレビでは表現しえない街の人々のいとなみを綴ってゆこうと思います。
いつも頭のなかは「旅がしたい」という想いでいっぱいです。
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Showcase 005
なぜかお肉とギターを一緒に売るお店(栃木)
■ミートショップこしみず 小清水邦治さん
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いまから皆さんをマジカルでミステリーなスポットへご案内します。
なな、なんだ、ここ、これは!
JR「宝積寺(ほうしゃくじ)」駅の改札口を出て、僕は一瞬ひるんだ。
JR東北本線「宝積寺」駅
改札を出ると、謎の木枠が天井を覆っている。
栃木県の県庁所在地・宇都宮から数えてわずかふたつ目のこの駅は、見あげると、ひし形に組んだ木の合板がうねるように天井を覆い尽くしていた。
こわいほどの孔(あな)の多さは、駅というより、まるでコンサートホール。券売機の前に立っているだけで得体のしれない高揚感と不安感が胸の奥からせりあがってくる。ここで切符を買うと、あっちの世界の謎の音楽祭へ連れていかれるような……。
謎の木枠は巨大生物のように、外へと出る階段をも覆い尽くす。
駅を出ると、今度はストーンヘンジめいた石群が。謎の多い駅。
訊けばこの駅舎は2008年度にリノベーションを施し、鉄道意匠の国際デザインコンペティション「ブルネル賞」建築部門の奨励賞を受賞したというすぐれもの。
それまでは屋根には青い瓦が敷かれ、田舎のふるびた駅舎然としたたたずまいだったそう。それはそれで郷愁があって僕の大好物だが、駅前にあった老朽化した米蔵を建て替えるに伴い、駅の敷地も全面的にリフレッシュしたのだとか。
そして朽ちた米蔵はバンド演奏の練習にも使える多目的ホール「ちょっ蔵広場」となって蘇った。この宝積寺駅前では、参加費ひとりわずか1000円という激安ライブ「Rock to the Future」もスタート。地元のアマチュアバンドが集まってマンスリーでロックフェスが開催されているという。月に一度の駅前ソニックなこの日は、地元で採れた野菜やお米の産直市も開かれ、老いも若きも大いに盛りあがるのだとか。
地元のバンドやろうぜ少年少女たち&かつてそうであった大人たちには、これ以上フィール・ソー・グッドなニュースはなかったに違いない。僕が駅を降りた瞬間に音楽を感じたのは、決して勘違いではなかったのだ。ロックシーンは栃木県の意外な場所にあった。この駅こそまさにパワーステーションと呼んで大げさではない。
そうして駅前どころか駅ナカからすでにロックなショックを受けたが、駅から少し離れると、そこはもう愛すべきのどかな郊外の景色が広がっていた。住宅が並び、常連さんしか行かないスナックがあり、生活雑貨や文房具も扱ってよろず屋と化したパン屋さんがあり。観光地では味わえない、静かに時を刻む、地元の人々の営みが映しだされたフツーの風景が横たわっている。
のどかな街の県道沿いにぽつんとある一軒のお肉屋さん。
そして駅前を横切る県道101号線沿いにぽつんと建つ一軒のお肉屋さん「ミートショップこしみず」。
ここは「コロッケやメンチカツが大きいうえに激しくうまい!」とフライマニアたちからアツアツの熱視線を送られている人気店。お肉屋さんが店頭で揚げている自家製コロッケって、うまいんですよね~。じゃがいもほこほこ、衣がさくさく香ばしくて。そしてお肉屋さんだけにお肉がちゃんと入っているのが嬉しい。
しかし……遠目には、どこにでもありそうな街のお肉屋さん。だが、よく見ると看板がもういきなり異文化交流。お肉や手製のオードブルと、なぜかギターが、なぜか併記されている、なぜか。
「手づくり お惣菜」。おいしそう。
……で、なんでそこで「ギター」を買い取る? お肉屋さんですよね?
メンチ、コロッケ、ハンバーグ、そして、おすすめ品の「古いギター」……。
値段は298(にくや)円~298000円。
店内は噂にたがわず、こんがり揚がった大きな手作りコロッケ、その名も「おばちゃんコロッケ」が並んでいる。うわー、いい香り。うまそう! それにひとつで充分、丼ごはん二杯はいけそうなサイズとボリュームなのもありがたい。財布にもやさしいおばちゃんなのだ。
どう見ても、品ぞろえ豊富な、普通のおいしそうなお肉屋さん。
お話好きなお母さん。
関西から来たと告げると「私も昔、あべのに住んでたの」と意外な答えが。
ぐっと距離が縮まる。
メンチカツもコロッケもビッグサイズ! そして激的にうまい。
ここは街のかたすみにひっそり息づく、人情味の豊かなお店。ガラスケースにはスライスされた上質な精肉が、言わば“こしみずいい肉”が整列している。そして焼肉のたれなど調味料やレトルトカレーなどお肉ゆかりの品がぎっしり陳列。
と……ここまではごくごく当たり前な、よく知るお肉屋さんのデフォルトな光景。
しかしここからがアヴァンギャルド。お肉屋さんなのに、どういうわけだかギターの弦やレコード、CD、そしていよいよ本格的にギターがズラリ。フライもののおかずからフライングVへのグラデーション。そして天井にはビートルズのポスターが貼られている。こ、これはまさにリアル“ブッチャー・カヴァー”だ。
お肉のショーケースの隣は、あれ? 異なものが見えるぞ。
ハンバーグやカルビの隣に、CDとギターの弦が。
ここからはもう完全に楽器店の光景。
天井にはビートルズなどアーティストのポスターがびっしり。
ヘヴィメタルからフォークまでバラエティに富んだギターのオードブル状態。
前世はコロッケだったのかと思うほどあたたかく出迎えてくださった二代目店長・小清水邦治さん(62歳)は、やわらかな笑顔でそう答えてくれた。
二代目店長・小清水邦治さん。
小清水さんのお店はバラエティに富んだオードブルも名物。確かに、これほど盛り合わせの幅が広いお店はほかにない。
コロッケをかじりながら、かあ。いいなあ、ほのぼのして……って、いやいや、やはりヘンでしょう!
ワイルドなギターサウンドは聴く者の感情を昂らせ、血沸き肉躍らせる。肉もギターもカッティングが命だ。いやしかしだからといって肉と音楽は意外とつながっていないもの。肉が曲名になっているのって、いまぱっと浮かぶのはスターリンの「肉」くらい。あとは、吾妻光良&スウィンギングバッパーズの「やっぱり肉を喰おう」、大西ユカリの「肉と肉と路線バス」、The ピーズの「肉のうた」、山口百恵の「謝肉祭」……てところか(ごめん、けっこうあったわ)。
とにかく、肉とギターの共通点、一緒に売るメリットが見当たらないではないか。なぜお肉屋さんにギターが売られているのだろう。あるいはもしかして、ギターショップでお肉が売られているの?
「ギターを置きはじめたのは25年前。あれはちょうど*“イカ天”ブームの頃、僕もちょこっとギターを弾き始めたんです。そして宇都宮に中古楽器販売と音楽スタジオが一緒になった『ガリバー』って店があって、そこに通っていたんです。そうするうちに『肉屋にギターを置いてくんねえか?』と頼まれて、そっから古物商の免許を取得しました」
「え? 肉屋にギターを置くことに抵抗なかったって? ……特になかったんですよねえ。なんでだろうなあ」
*イカ天……1989年2月~ 1990年12月にとはTBSで放送され、バンドブームを巻き起こした深夜番組『三宅裕司のいかすバンド天国』の略称。
「お肉屋さんにギターを置いてくれ」と頼む方も、「ああいいよ」と請け入れるほうものんき極まりないが、音楽とはかくあるべしという固定概念がガラガラ崩れるほどにアンダーグラウンドから多種多彩なバンドが飛び出したイカ天の時代の真っただ中にあっては、それもまた「あるある」なことだったのかも。
とはいえ初期は現在のようにお肉とギターがフィーチャリングしている状態ではなく、さすがに店を分ける仕切りはあったのだとか。
ではなぜお肉屋さんとギターショップとの仕切りがなくなり、異色のコラボが実現してしまったのだろう。
なんとお肉屋さんとギターショップのジョイントという斬新な構造は、お母さんのアイデアだったのか! まさに失敗は成功のマザーだ。
こうして異業種間にあった壁を取り払ってから、レジというステージからお肉とギターのすべてが見渡せる、不思議な、そしてとても自由なウッドストック状態に。さらにお肉屋さんを営みながらすぐ修理に対応できるよう、リペア器具も店頭に並べた。
お肉屋さんではおおよそ見ることがない専門工具がスタンバイ。
「店をこういう形にして、よかったこともたくさんあるんです。噂を聞きつけ、プロのアーティストがふらりと立ち寄ってくれます。斉藤哲夫さんがレコードにサインをくださったり、三上寛さん、生田敬太郎さん、シバさんなどもお越しくださいました。僕らはURCやエレックレコードを聴いてきた世代ですから、夢のようですよ。若い方ではビート・クルセイダースが、あと俳優の西岡徳馬さんもお見えになりました。うちなんて普通の肉屋ですから、もう信じられないですよね」
「ギター泥棒のせいで変わった店になりましたけど、いまではかえってよかったと国家権力に感謝しています(笑)」
ビッグなアーティストたちも売れない時代はコロッケひとつでご飯を何杯もかきこみ、空きっ腹を慰めていたかもしれない。ギターとコロッケがひとつ屋根の下で隣り合うこの奇跡の空間だからこそ、音楽に生きた人たちには特別な感慨もあるのだろう。
中古レコードにもかなりのスペースを割き、名盤レア盤がたっぷり。
「悩み多きものよ」「されど私の人生」「今のキミはピカピカに光って」などのヒットで知られる斉藤哲夫さんが訪れ、自分のレコードにサインを残してくれた。
腸も蝶も扱う。
仕切りがないため、お肉の味付けスペースとギター工房がリミックス状態に。
ゴールド・ワックスのバックナンバーが充実しているお肉屋さんはきっと日本でここだけ。
アコースティックギターの奏者はアコーステックギターへ。
エレキギターの奏者はエレキギターへサイン。
ちゃんと棲み分けがなされてる。
「王様」も来たんだ。それはもう”伝説”だ。
そんな小清水さんご自身は、どんな音楽をめぐってこられたのだろう。
「僕はトラッド系やアイリッシュ系が好きだったですね。フェアポート・コンヴェンションとかペンタングルとか。なにがきっかけかですか? 実はね、ニールヤングの『孤独の旅路』ってレコードを買おうと思っていたんですよ。ところが間違えてフェアポート・コンヴェンションの『孤独への旅』を買ってしまって(笑)。それからです」
「あとはピンク・フロイドですね。初来日のコンサートはいまでも憶えています。『ピンク・フロイドの道』っていうアルバムからさかのぼって、ずいぶんいろんな音楽に辿り着きました。プログレが好きなのもピンク・フロイドの影響が大きいです」
まるで星空のドライブをしながら小清水さんの心の絵の具箱を開けているような、楽しい楽しい追想のひと時。嗚呼いつまでもお聞きしていたい。
でも、ここはお肉屋さんの店頭。これ以上、長居をしては、お商売の邪魔になってしまう。そろそろ、おいとましなければ。
そうして店を出ようとすると、小清水さんが「よかったら、もうひと部屋、見ていきませんか。まだ公開をしていないギターがあるんです」と言って、店の外にある小さな倉庫へと案内してくれた。
ドアを開けると、そこには、またまたギターが。そして楽器が弾けない門外漢の僕ですら、この部屋にはギター好きを笑顔にしてしまうなにかがはらんでいる空気を感じる。
お店の外にある、お宝が眠る部屋。
ビザールギターブームで再評価された国産ブランド「テスコ」のギターが散見。
小清水さん曰く、ここは「テスコの部屋」。
亡くなったお父様がコロッケ作りの匠だったとのことで「コロッケ型の墓石を作ったんです。でもちょっとイメージが違ったので、店頭に置いてます」とのこと。
これ、元は墓石だったのか!
牛がたまごから生まれる不条理イラストもあり、気分はなんとなく原子心母。
チューニングがばっちりあったダジャレも最後にいただき、さらに心ほどけた。
ビザールといえば、これほどビザールな店はほかにない。
ボーイ・ミーツ・ガール!
ミート・ミーツ・ギター!
”ミート”・ザ・ワールドビート!
意外な場所で鳴る音楽を求めて、またどこか旅に出たくなる。
ミートショップこしみず
栃木県塩谷郡高根沢町宝積寺2374
028-675-0247
営業時間 9:00~20:00
定休日 木
http://plaza.harmonix.ne.jp/~kosimizu/
取材・撮影:吉村智樹(よしむら・ともき)
京都在住の放送作家。
2016年4月21日(木)大阪ロフトプラスワンウエストにて石黒謙吾さんとトークイベントあり!
ぜひ遊びにいらしてください。
▼詳細
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/west/43328
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