こんにちは。

僕は関西ローカルの番組を構成する放送作家です。

このブログでは、カメラを持って街をめぐり、人をめぐり、テレビでは表現しえない街の人々のいとなみを綴ってゆこうと思います。 

いつも頭のなかは「旅がしたい」という想いでいっぱいです。

さて今回は大阪・堺市です。 

静かな高級住宅地で、素敵なガーデニングをしていらっしゃるお宅を訪ねました。

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街めぐり超風景　Showcase　010

 ガーデニングがてんこ盛りな家（大阪）

■西尾徹男さん

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大阪府の中南部に位置し、人口・面積がナンバー2という巨大都市、堺市。

あまりにも広いがゆえに、同じ大阪人でも全体が把握できず、謎も多い街だ。

そんな堺市の閑静な高級住宅地。

小鳥がさえずるほかはほぼ無音の家並みをとぼとぼ歩いていると、平和な静寂を一閃する、まるでパレードのマーチングサウンドが聴こえてきそうな、にぎやかな家が現れた。

家の門やガレージ周辺に、たくさんのおもちゃや手づくりと思わしき造形作品を並べているではないか。

おかみさん？　誰？

鉄人28号がノーコントロール状態で立つ。

昼の街にガオー！

遠目には「で、電波系？」と勘違いしてしまうほど異様に強い押し出し。

鬼気にあてられ、たじろいでしまう。

が、近づいてみると、決して排他や威圧や暴力的な自己主張が目的のオブジェではないことがわかる。

塀には、いたるところ「スイッチ」が配されている。

そしてこのスイッチを押すと、光ったり、歌いだしたり、詩を朗読し始めたりといったアクションを起こす。

おもてなしと遊び心がふんだんにあるのだ。

ワンダーな仕掛けの数々で通行人を楽しませるおうちのご主人、西尾徹男さん（62歳）がいらっしゃったので、お話をうかがってみた。

「これはなんですかって？　まぁ……ガーデニングですよ」

ガーデニング……。

その軽い返答に膝の力が抜けた。

ガーデニングのイメージといえば、自宅にいながらにして四季折々の草花を愛でることができ、小さなウッドデッキにテーブルを置けば、そこはたちまち風薫るオープンカフェ。品のよい鉢やかわいい雑貨などをあしらい、優美な曲線を描くエクステリアで囲めば、そこにはファンタジックな夢の国が現れる。

……と、勝手に思いこんでいた。

しかし自宅の庭こそ、誰彼に遠慮することなく独自性を発揮できるコードフリーなギャラリー。高級住宅地だからとてイングリッシュガーデンをお手本として庭づくりをしなければならないというルールはない。たったひとり時流に背を向け、あえて自家製タイガーバームガーデンを目指す人がいたっていい。

「サメの頭の下にあるスイッチを押せば、映画『ジョーズ』のテーマソングと、ジャズの『マックザナイフ』の一部が聴こえます」

「僕が歌っているんですが、聞き取り能力が乏しいので歌詞はかなり省略しています」

「スイッチは道路から少し手を伸ばせばお子様でも押せる高さです。けっこう長く歌っていますので夜はスイッチを押さないでください」

音声だけではなく西尾さん作の俳句やポエムが電光掲示される。

「ちょうちんなどの電飾を沢山付けています。電源は、乾電池で供給しています。床下は電池でいっぱいです」

ひとつ、気になることがあった。

庭や家の壁のあちこちに「みんななかよし」「せかいへいわ」というピースフルなことばが散りばめられている。

もしかして、新興宗教の施設かなにか、なのでは？

ご主人の西尾さんいわく

「宗教などはまったく関係がないし、営利目的でもないです。“ええ言葉”を書いておけば、おかしな目で見られずに済むでしょ？　ものを作ったり並べたりするのも“暇やさかい”やってるだけで、深い意味はないんですよ」

と、とてもクールなことばが返ってきた。

もっとエキセントリックな方なのかと思っていたが、とても落ち着いていらっしゃる。

純粋に、自分の思うままに、こころ置きなく庭づくりを楽しみたい。そのためには、防護策として「ことばの壁」を作っておく必要があったのだろう。

いや……待てよ？

「みんななかよし」「せかいへいわ」こそが実は本音であり、「暇やさかい」のほうが照れ隠しでは？

後述するが、インタビューをするうちに、次第にこの人の人間愛が伝わってくるのだ。

ではいったい、なぜ自宅の庭をこんなふうにオブジェで満載にし始めたのだろう。

「５年前かな。コンピュータ・プログラマーの仕事を自宅でやるようになってから、庭いじりをする暇ができたんです」

 

「はじめに手がけたのは家の外壁塗り。モザイク状に、いろんな色を塗ったんです。白一色に塗ると、ちょっと汚れたらぜんぶ塗りなおさないかんでしょう？　いろんな色で塗ったら、たとえ汚れたり色あせても、そこだけ塗り替えたらええ。そうやって色とりどりにしたら、ご近所から『街の雰囲気が明るくなった』いうて評判になってね。それで庭でものをこしらえはじめたんですよ」

５年前に突然変異が起きた家。

もっとも目立つ「大きなピンク色の顔」のオブジェも、5年前にできあがったものなのだろうか？

「いえ、あれは17年前に大阪の日本橋でコンピュータ印刷の会社をやっていたときの看板を改造したんです」

 

「素材は発泡スチロール。重さは100キロありますね。口の中にスピーカーがあり、家の中のパソコンとつないであって、歌をうたいます」

 

「髪の毛はロープひもで作ってあります。髪の毛を作るだけで１か月かかったな。毎日毎日ずっと植毛してました。家族も周囲も、そして自分でも『あほちゃうか』と言いました。凝り性なもんで、はじめたら作りきらな気がすまんのでね」

 

「髪にはニセモノの海苔の粉がまぶしてあって、触ると『笑いが、のり、移る』という意味なんです。髪をかき上げながら、粉をはたいて、笑ってくださいね」

 

「名前ですか？　『おかみさん』です。奥さんがモデル？　違います。単に『かみ』（髪）という名前やからです」

 

「印刷会社はどうなったかって？　会社は……倒産して、借金を作ってしまいました（苦笑）」

そうだったのか。

「おかみさん」は西尾さんの人生のアップダウンをずっと見守ってきた、まさに「かみ」の目線を持つスチロール・ゴッドだったのだ。

「おかみさん」の歯はお風呂マットを切って再利用。

「おかみさん」は奥様という意味ではなく、髪が多いから「お髪さん」。

「おかみさんの目には電球があり、夜は目が光ります。口にはスピーカーを取り付けていて、音声が発生するようにしています」

「遊ぶ方法ですが、髮の毛を下からかきあげます。すると、手の平に、味付け海苔のような黒色の粉が付きます。『笑いがのり移った』と言って粉をはたきながら大笑いしてください」

「『つり』で遊ぶ場合は『ウエルカムスイッチ』を押してお声をかけてください。『イルカの家』の下で、魚釣り遊びができます。4歳くらいの子供から、大人まで魚釣り遊びが楽しめます」

「私が幼少の頃、金魚すくいの紙が破れてとても悲しい思いをしたので、私は、金魚すくいの遊びは好きではありません。ですのでここでは、模型の魚を釣り上げます。釣り糸は切れたりしません。子供でも必ず釣ることができます」

なんとこのサメも「歌う」のだそう。

庭中に歌声がこだまするサメの唄声も西尾さんが吹きこんだもの。

戦艦から続々降下してくるコルゲンコーワのケロちゃん、およそ200匹。

海底にいるカエルは背中がギロになっていて音を鳴らして遊ぶことができる。

とにかく油断も隙もない遊びゴコロ！

堺市の一画で、たったひとりでユニバーサルな手作りジャパンスタジオを築き続ける西尾さん。

こうなると俄然気になるのは、塀の向こう側だ。

外観だけでこれほどの驚きが漲っているのだから、敷地内にはもっとすごいパビリオンがあるはず。

僕は「おうちも見せてほしい」とお願いすると、西尾さんは快く門を開けてくれた。

いよいよ、西尾さん宅のお庭に足を踏み込むことに。

広々として、おもむきがあり、自家菜園があり、立派な柿の木が立っている、いいお庭だ。

庭ではロダンの『考える人』がお出迎え。

自作の詩が添えられている。

私は考える人。

私は考える。

なぜ戦争がなくならないのか。

なぜ人の命を奪うのか。

なぜ愛こそすべてと思わないのか。

なぜなぜなぜなぜだ。

東京オリンピック開催を記念して作った電飾旗。

なんと家の壁には射的台が。

とはいえ弾を発射できる場所が見当たらない。

「撃てないでしょう？　だから『USO』なんです」

なるほど～。

庭の中も遊び心がふんだんにあって、いっそう楽しい。

あ、あそこに誰かいる！

サンタクロ―スだった！

木の上にもサンタ女子が。

サンタクロースも、よもやフィンランドからやってきて柿の見張り番をさせられるとは思わなかっただろう。

さらにふと見ると、小さな格納庫があり、そこからなにやらデコレーションがキツめな犬小屋のようなものが見えた。

あれはいったい、なんですか？

「ああ、あれ？　あれは“だんじり”です。表通りからは見えませんが、専用のだんじり小屋に、だんじりを入れてあるんです」

だんじり？！

だんじりと聞くと即「岸和田」を思い浮かべる人が多いだろう。

が、だんじり祭りは岸和田のみならず大阪南部ではいたるところで催されている地祭。ここ堺市でも、だんじり祭りはひじょうににぎわうのだ。

そのだんじりを、西尾さんはなんと手作りしていたのである。

でもこれは断じて「だんじり」なのだ。

だんじりのなか。居住性も高そうだ。

「台車に犬小屋を乗せて、改造したんですよ。屋根に２人、後ろに１人、中に１人、小学校４年生くらいまでなら４人乗れます。引っ張るのは５人くらいで、一度に10人くらいまで遊べます。ゴム車輪を６つ取りつけてあり、後ろを軸にして、自由にだんじりを操作できます」

 

「ただ……乗りたがる子ばかりで引きたがる子がいないので、結局僕が弾いてあげることになってしまう（苦笑）」

もしやそうじゃないかと思ったが、これの原型は、やっぱり犬小屋だったのか。

「だんじりにはレコーダーが仕込んであって、押すと祭囃子と威勢のいい掛け声が再生されます。提灯などのあかりがつくので、夜も走れます」

DIYだんじりを前に満足げな西尾さん。

どんだけハイテクなデコだんじりなんだ。だんじりと子供を愛する気持ちが痛いほど伝わってくる。これこそ、真なる“痛車”じゃないのか。

本当にお子さんがお好きなんですね。

「いえいえ、子供は好きじゃないですよ。自分が作りたいものを作ってるだけ」

その言葉の端々に「いい人と呼ばれる照れによる拒否」が見え隠れする。

さらに、西尾さんにはもうひとつの括目すべき発明品がある。それが大きな板に写真がびっしり貼ってある「アルバム不要の板」。

正直、説明を受けるまで、それがなんなのかさえわからなかった。

「デジカメの時代になる前は、どこの家庭にもプリントの写真がたっくさんあったんです。あれをアルバムに貼っていくと、キリがないでしょ。そやからハサミでじょきじょき切り取り、一枚の板に貼っていったんです。これなら家族写真もいっぺんに見ることができるでしょう。正月に『○○○くんはどこにいるでしょうクイズ』とかやったら盛り上がりますやん」

 

「木の板は、コンパネでＯＫです。日曜大工店で、２０００円程度で売ってます。写真の貼り付けは、木工用ボンドでバラバラに貼り付けます」

便利だからという理由で始めたコンパネ一枚のアルバム。

しかしこれはもう、紛うことなき、無意識の、一種のナイーブアートだ。ご本人は「ただの便利なもの」として説明してくれるが、僕にはビートルズのサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドのジャケットが思いだされてならなかったのである。

「作成するコツは、板を回転しても鑑賞できるように、円を描くように貼りつけてゆくこと。背景を残しておきたい写真を優先して貼り付けます。3枚程度は重なって貼っても問題ありません」

 

「写真を貼り終えたら、透明色のニスを塗れば丈夫になります。板の枠を付けて補強すれば、より立派に完成です。写真の色落ちが心配であれば、普段は布をかぶせておけばいいですよ」

我が子の幼い頃など家族の写真が重層する。

ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のジャケットを思いだす。

なぜか往年の人気女優、松坂季実子の写真がびっしり。

貼り方や補強などさらなる進化を遂げ、あらゆる人の想い出を巻き込みながら、ぐるぐるどんどん凄みを増してゆく「アルバム不要の板」。

しかし、もうさすがに貼るところがないのでは？

そう質問した僕に、西尾さんは家の中に招き入れてくれ、あるものを見せてくれた。

「新しい方法を考えたんです。もっと鑑賞しやすいように板そのものが回転するようにしたんですよ。これだとアルバムとして楽しめる以外にルーレット遊びもできるでしょう？」

なんと、ボード自体が回転するようにバージョンアップ！

それはまさに、サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドからイエロー・サブマリンへ。さらにサイケ度を高めた「ニュー・アルバム」だった。

堺市の住宅地の片隅に、こんな天才がいて、今日も庭いじりを楽しんでいる。

なんて素敵なジャパネスク。

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